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【夜の短編小説:よだかの星。宮沢賢治:現代版】よだかの星は、醜い鳥よだかが星になるまでの悲しい物語です。現代語訳:Relax StoriesTV

動画が見たい方はこちら。

https://www.youtube.com/watch?v=laWf1lOzLFk

 

 

よだかは、とてもみにくい鳥です。
顔は、所々味噌をつけたようにまだらで、くちばしは平たく、耳まで裂けています。
足は、まるでよろよろと歩けません。
他の鳥は、よだかの顔を見ただけでも嫌になってしまうほどでした。
例えば、ひばりも美しい鳥ではありませんが、よだかよりはずっと上だと思っていたので、夕方などによだかに会うと、嫌そうに目をつぶりながら首を横に向けるのでした。
もっと小さな喋り好きの鳥は、いつもよだかに悪口を言っていました。
「ふん、また出てきたね。あの有様を見てごらん。本当に鳥の仲間の恥さらしだよ。」
「ね、あのでかい口っぷりったら。きっと蛙の親戚かなんかなんだよ。」
このような調子でした。
ただの鷹なら、こんな小さな鳥は、名前を聞いただけでも震えて顔色を変え、体を縮めて木の葉陰に隠れたでしょう。

しかし、よだかは本当は鷹の兄弟でも親戚でもありませんでした。
むしろ、よだかは美しいカワセミや、鳥の宝石のようなホトトギスの兄弟でした。
ホトトギスは花の蜜を食べ、カワセミは魚を食べ、よだかは羽虫を捕って食べるのでした。
よだかには鋭い爪も鋭いくちばしもなかったので、どんな弱い鳥でもよだかを恐れる必要はなかったのです。
それなのに、なぜ「鷹」という名前がついたのは不思議ですが、これは一つにはよだかの羽が強くて、風を切って飛ぶ時に鷹のように見えたこと、もう一つはその鳴き声が鋭く、やはり鷹に似ていたためです。
もちろん、本物の鷹はこれをとても気にして、嫌がっていました。
だから、よだかの顔を見ただけでも、肩をすくめて「早く名前を変えろ、名前を変えろ」と言うのでした。 

ある夕方、ついに鷹がよだかの家にやって来ました。
「おい、いるか。まだお前は名前を変えないのか。随分お前も恥知らずだな。お前とは、人格がかなり違うんだよ。例えば、私は青い空をどこまでも飛んでいける。お前は、曇った空や薄暗い日中や夜しか出てこない。それから、私の嘴(くちばし)や爪を見てみろ。そして、よくお前のと比べてみるといい。」

「鷹さん、それはあまりにも無理です。私の名前は、私が勝手につけたのではありません。神様から与えられたものです。」

「いや、私の名前なら、神様から貰ったと言えるかもしれないが、お前のは、いわば、私と夜の両方から借りてあるんだ。さあ、返せ。」

「鷹さん、それは無理です。」

「無理じゃない。私がいい名前を教えてやろう。市蔵(いちぞう)というんだ。市蔵とな。いい名前だろう。そこで、名前を変えるには、改名の披露というものをしないといけない。分かったか。それは、首に市蔵と書いた札をぶら下げて、「私は今後市蔵と申します」と挨拶して、みんなの所をお辞儀して回るのだ。」

「そんなことはとてもできません。」

「いや、できる。そうしろ。もし明後日の朝までに、お前がそうしなかったら、すぐにつかまえて殺してしまうぞ。つかまえて殺してしまうから、そう思え。私は明後日の朝早く、鳥の家を一軒ずつ回って、お前が来たかどうかを確認する。一軒でも来なかったら、お前もその時が終わりだぞ。」

「でも、それはあまりにも無理ですよ。そんなことをするくらいなら、私はもう死んだ方がましです。今すぐ殺してください。」

「まあ、よく考えてみるといい。市蔵なんて、そんなに悪い名前じゃないよ。」
鷹は大きな羽を大きく広げて、自分の巣の方へ飛んで帰っていきました。

よだかは、じっと目を閉じて考えました。

(一体私は、なぜみんなに嫌われるのだろう。私の顔は味噌をつけたようで、口は裂けているからなあ。それでも、私はこれまで、何も悪いことをしたことがない。赤ん坊のめじろが巣から落ちていたときは、助けて巣に連れて行ってやった。そしたらめじろは、まるで盗人からでも取り返すように、私から離れていってしまった。それからひどく私を笑ったっけ。それに、今度は市蔵だなんて、首に札をかけるなんて、つらい話だなあ。)

辺りはもう薄暗くなっていました。よだかは巣から飛び出しました。雲が意地悪く光って、低くたれています。よだかはまるで雲とすれすれになって、音もなく空を飛び回りました。

それからにわかによだかは口を大きく開いて、羽を真っ直ぐに広げて、まるで矢のように空を横切りました。小さな羽虫が何匹も何匹もその喉に入っていきました。 

体がまだ地につくかつかないうちに、よだかはさっと空へ飛び上がりました。雲はもう鼠色になり、向こうの山には山焼けの火が真っ赤です。

よだかが思い切って飛ぶときは、空がまるで二つに割れたように見えます。一匹の甲虫が、よだかの喉に入って、激しく暴れました。よだかはすぐにそれを飲み込みましたが、その時何だか背中がぞっとしたように感じました。

雲はもうまっ黒で、東の方だけ山焼けの火が赤く映り、恐ろしいようです。よだかは胸がつまったように思いながら、また空へ上がっていきました。

また一匹の甲虫が、よだかの喉に入りました。そしてまるでよだかの喉をひっかいてばたばたしました。よだかはそれを無理に飲み込んでしまいましたが、その時、急に胸がどきっとして、よだかは大声を上げて泣き出しました。泣きながら、ぐるぐると空を飛び回ったのです。

(ああ、甲虫や、たくさんの羽虫が、毎晩私に殺される。そしてそのただ一つの私がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。私はもう虫を食べずに飢えて死のう。いや、その前に鷹が私を殺すだろう。いや、その前に、私は遠くの遠くの空の向こうに行ってしまおう。)

山焼けの火は、だんだん水のように流れて広がり、雲も赤く燃えているようです。

よだかは真っ直ぐに、弟の川蝉の所へ飛んで行きました。きれいな川蝉も、ちょうど起きて遠くの山火事を見ていたところでした。そしてよだかの降りて来たのを見て言いました。

「兄さん。今晩は。何か急用ですか。」

「いや、私はこれから遠いところへ行くからね、その前に少し会いに来たんだ。」

「兄さん。行っちゃいけませんよ。蜂雀もあんな遠くにいるんですし、私一人ぼっちになってしまうじゃありませんか。」

「それはね。どうも仕方ないのだ。もう今日は何も言わないでくれ。そしてお前も、どうしても取らなければならない時以外は、無駄に魚を取らないようにしてくれ。ね、さよなら。」

「兄さん。どうしたんですか。まあもう少し待ってください。」

「いや、いつまで居ても同じだ。蜂雀にあとでよろしくと伝えてやってくれ。さよなら。もう会えないよ。さよなら。」 

よだかは泣きながら自分の家に帰ってきました。短い夏の夜がもうほとんど明けかかっていました。

シダの葉は、夜明けの霧を吸って、青く冷たく揺れていました。よだかは高く「きしきしきし」と鳴きました。そして巣の中を整理し、きれいに体中の羽や毛をそろえて、また巣から飛び出しました。

霧がはれて、太陽が丁度東から昇りました。夜だかはまぶしすぎてぼんやりしていましたが、矢のように、そちらへ飛んでいきました。

「お日様、お日様。どうか私をあなたのところに連れていってください。焼け死んでもかまいません。私のような醜い体でも焼けるときには小さな光を放つでしょう。どうか私を連れていってください。」

行っても行っても、太陽は近づいてきませんでした。かえってだんだん小さく遠くなりながら太陽が言いました。

「お前はよだかだな。なるほど、ずいぶんつらかっただろう。今度空を飛んで、星に頼んでみるといい。お前は昼の鳥ではないのだからな。」

夜だかは一礼したと思いましたが、急にぐらぐらして、ついに野原の草の上に落ちてしまいました。そして丁度夢を見ているようでした。体が赤や黄の星の間を上がったり、どこまでも風に飛ばされたり、また鷹が来て体をつかんだりしたようでした。

冷たいものが急に顔に落ちました。よだかは目を開きました。一本の若いすすきの葉から露が落ちていたのです。もうすっかり夜になって、空は青ぐろく、一面の星がきらめいていました。よだかは空へ飛び上がりました。今夜も山焼けの火は真っ赤です。よだかはその火の微かな光と、冷たい星明かりの中を飛び回りました。そしてもう一度飛び回りました。そして思い切って西の空のあの美しいオリオンの星の方に、まっすぐに飛びながら叫びました。 

「お星さん。西の青白いお星さん。どうか私をあなたのところに連れていってください。焼けて死んでもかまいません。」
オリオンは勇ましい歌を続けながら、よだかなどまったく相手にしませんでした。よだかは泣きそうになって、よろよろと落ちて、それからやっと立ち止まって、もう一度飛び回りました。そして、南の大犬座の方へまっすぐに飛びながら叫びました。

「お星さん。南の青いお星さん。どうか私をあなたのところに連れていってください。焼けて死んでもかまいません。」
大犬は青や紫、黄色と美しく早く瞬きながら言いました。
「馬鹿なことを言うな。お前なんか一体どんなものだ。たかが鳥じゃないか。お前の羽でここまで来るには、何億年もかかるだろう。」そして別の方を向きました。

よだかはがっかりして、よろよろと落ちて、それからまた二度飛び回りました。そして思い切って北の大熊星の方へまっすぐに飛びながら叫びました。

「北の青いお星様、あなたのところに私を連れていってください。」
大熊星は静かに言いました。
「余計なことを考えるものではない。少し頭を冷やして来なさい。そういうときは、氷山の浮かんでいる海に飛び込むか、近くに海がなければ、氷を浮かべたコップの水に飛び込むのが一番いい。」

よだかはがっかりして、よろよろと落ちて、それからまた四度空を回りました。そしてもう一度、東から今昇った天の川の向こう岸の鷲の星に叫びました。

「東の白いお星様、どうか私をあなたのところに連れていってください。焼けて死んでもかまいません。」
鷲は大きな声で言いました。
「いいや、とてもとても、話にもなりません。星になるには、それに相応しい身分でなくちゃいけない。しかも大金もかかるのだ。」

よだかはもう完全に力が落ちてしまって、羽を閉じて、地に落ちていきました。そしてあと1尺で地面に足がつくというとき、よだかは急に火のように空に飛び上がりました。空の真ん中まで来て、よだかは丁度鷲が熊を襲うときのように、ぶるっと体を震わせて毛を逆立てました。
そしてキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。その声は丁度鷹のようでした。野原や林に眠っていた他の鳥たちは、みんな目を覚まして、震えながら、不思議そうに夜空を見上げました。 

よだかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へ上がっていきました。もう山焼けの火はたばこの吸い殻ほどしか見えません。よだかは上がり続けていきました。

寒さで息が白く凍りました。空気が薄くなったため、羽ばたきを必死に速くしなければなりませんでした。

それでも、星の大きさは、さっきと全く変わりません。息遣いはふいごのようです。寒さや霜がまるで剣のようによだかを刺しました。よだかはすっかり羽がしびれてしまいました。そして涙ぐんだ目を上げてもう一度空を見ました。そうです。これがよだかの最期でした。もうよだかは落ちているのか、上がり続けているのか、逆さまになっているのか、上を向いているのかもわかりませんでした。ただ心は穏やかで、その血の付いた大きな嘴は、横に曲がっていましたが、確かにわずかに笑っているようでした。

しばらくたってよだかははっきりと目を開きました。そして自分の体が今燐のような青い美しい光になって、静かに燃えているのを見ました。

すぐ隣はカシオペア座でした。天の川の青白い光が、すぐ後ろにありました。

そしてよだかの星は燃え続けました。いつまでもいつまでも燃え続けました。

今でもまだ燃え続けています。