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【夜の短編小説:狐。新美南吉:現代版】祭りの夜に下駄を買った文六ちゃんが、狐憑きの迷信におびえる物語です。

狐:新美南吉
現代語訳:Relax Stories TV

 

はじめに


新美南吉の小説『狐』は、祭りの夜に下駄を買った文六ちゃんが、狐憑きの迷信におびえる物語です。文六ちゃんとその母親の愛と信頼を描いた感動的な作品であり、南吉の三大狐話の一つとして知られています。この物語は、子供たちの純粋な心と母親の無償の愛を通じて、人間の孤独や恐怖、そして愛の力を深く考えさせられる内容となっています。

人生の教訓

愛と信頼の力
文六ちゃんと母親の関係は、無償の愛と深い信頼に基づいています。母親の愛は、どんな困難な状況でも子供を守り抜く強さを持っています。

迷信や恐怖に対する冷静な対応
物語では、狐憑きの迷信におびえる文六ちゃんが描かれていますが、母親は冷静に対処し、子供を安心させる方法を見つけます。恐怖や迷信に対して冷静に対応することの重要性を教えてくれます。

孤独と人間関係の大切さ
文六ちゃんが狐憑きの迷信におびえる中で、友達や周囲の人々との関係が変わっていく様子が描かれています。孤独を感じることの辛さと、人間関係の大切さを学ぶことができます。

母の愛の深さ
母親が文六ちゃんに対して示す愛情は、自己犠牲をも厭わない深いものであり、母の愛の偉大さを感じさせます。この愛情は、子供にとって大きな安心感と支えとなります。
この物語を通じて、私たちは愛と信頼の力、恐怖に対する冷静な対応、人間関係の大切さ、そして母の愛の深さを学ぶことができます。

 

本編

 


月夜に七人の子供が歩いていました。大きい子供も小さい子供も混ざっていました。月は上から照らしていました。子供たちの影は短く地面に映りました。子供たちは自分の影を見て、ずいぶん大きな頭で、足が短いなあと思いました。そこで、おかしくなって、笑い出す子もありました。あまり格好がよくないので、二、三歩走って見る子もありました。こんな月夜には、子供たちは何か夢のようなことを考えがちでした。子供たちは小さい村から、半里ばかり離れた本郷へ、夜のお祭を見に行くところでした。切通しを登ると、静かな春の夜風に乗って、ひゅうひゃらりゃりゃと笛の音が聞こえてきました。子供たちの足は自然にはやくなりました。すると一人の子供が遅れてしまいました。

「文六ちゃん、早く来い」とほかの子供が呼びました。文六ちゃんは月の光でも、やせっぽちで、色の白い、眼玉の大きい子供です。できるだけ急いでみんなに追いつこうとしました。

「でも俺、お母ちゃんの下駄を履いているもん」と、とうとう鼻を鳴らしました。なるほど細長い足の先には大きな、大人の下駄が履かれていました。

本郷に入るとまもなく、道端に下駄屋さんがあります。子供たちはその店に入っていきました。文六ちゃんの下駄を買うのです。文六ちゃんのお母さんに頼まれたのです。

「あのの、小母さん」と、義則君が口をとがらして下駄屋の小母さんに言いました。「こいつは樽屋の清さの子供だけど、下駄を一足やっとくれや。あとから、お母さんが銭を持ってくるって。」

みんなは、樽屋の清さの子供がよく見えるように前へ押し出しました。それは文六ちゃんでした。文六ちゃんは二つばかりまばたきして突っ立っていました。小母さんは笑い出して、下駄を棚から下ろしてくれました。

どの下駄が足によく合うかは、足に当てて見なければわかりません。義則君が、お父さんのように、文六ちゃんの足に下駄を当てがってくれました。何しろ文六ちゃんは、一人きりの子供で、甘えん坊でした。

ちょうど文六ちゃんが新しい下駄を履いたときに、腰の曲がったお婆さんが下駄屋さんに入って来ました。そしてお婆さんはふとこんなことを言いました。「やれやれ、どこの子だか知らんが、晩に新しい下駄を履くと狐がつくと言うだに。」

子供たちはびっくりしてお婆さんの顔を見ました。

「嘘だい、そんなこと」とやがて義則君が言いました。「迷信だ」とほかの一人が言いました。それでも子供たちの顔には何か心配な色が漂っていました。

「よし、そいじゃ、小母さんがまじないしてやろう」と、下駄屋の小母さんが口軽く言いました。小母さんは、マッチを一本する真似をして、文六ちゃんの新しい下駄の裏に、ちょっと触りました。「さあ、これでよし。これでもう、狐も狸もつかない。」

そこで子供たちは下駄屋さんを出ました。

子供たちは綿菓子を食べながら、稚児さんが二つの扇を眼にも留まらぬ速さで回しながら、舞台の上で舞うのを見ていました。その稚児さんは、お白粉を塗り固めて顔を彩っていますが、よく見ると、お多福湯のトネ子でありましたので、「あれ、トネ子だよ、ふふ」とささやきあったりしました。

稚児さんを見ているのに飽くと、暗いところに行って、鼠花火を弾かせたり、かんしゃく玉を石垣にぶつけたりしました。舞台を照らす明るい電灯には、虫がいっぱい来て、その周りを巡っていました。見ると、舞台の正面のひさしのすぐ下に、大きな赤土色の蛾がぴったり張り付いていました。

山車の鼻先の狭いところで、人形の三番叟が踊り始める頃は、少しお宮の境内の人も少なくなったようでした。花火や、ゴム風船の音も減ったようでした。子供たちは山車の鼻の下に並び、仰向いて人形の顔を見上げていました。

人形は大人とも子供ともつかぬ顔をしています。その黒い眼は生きているとしか思えません。時々、またたきするのは、人形を操る人が後ろで糸を引くのです。子供たちはそんなことはよく知っています。しかし、人形がまたたきすると、子供たちは何だかもの悲しいような、不気味なような気がします。

すると突然、パクッと人形が口を開き、ペロッと舌を出し、あっという間に元のように口を閉じてしまいました。真っ赤な口の中でした。これも、後ろで糸を引く人がやったことです。子供たちはよく知っています。昼間なら、子供たちは面白がってゲラゲラ笑うのです。

けれど子供たちは、いまは笑いませんでした。提灯の光の中で、――影の多い光の中で、まるで生きている人間のように、まばたきしたり、ペロッと舌を出したりする人形……何という不気味なものでしょう。――子供たちは思い出しました、文六ちゃんの新しい下駄のことを。晩に新しい下駄を履くものは狐につかれるといったあの婆さんのことを。子供たちは、自分たちが長く遊びすぎたことに気がつきました。自分たちにはこれから帰ってゆかねばならない、半里の野中の道があったことにも気がつきました。

帰りも月夜でした。しかし、帰りの月夜は、なんとなくつまらないものです。子供たちは静かに――まるで一人一人が自分の心の中を覗いているかのように、黙って歩いていました。切通し坂の上に来たとき、一人の子が、もう一人の子の耳に口を寄せて何かささやきました。するとささやかれた子は別の子のそばに行って何かささやきました。その子はまた別の子にささやきました。――こうして、文六ちゃんのほか、子供たちは何か一つのことを、耳から耳へ言い伝えました。それはこういうことだったのです。「下駄屋さんの小母さんは文六ちゃんの下駄に、ほんとうにマッチをすっておまじないをしていた。まねごとをしただけだった。」

それから子供たちはまたひっそりして歩いてゆきました。ひっそりしているとき、子供たちは考えておりました。――狐につかれるというのは、どんなことなのだろう。文六ちゃんの中に狐が入ることだろうか。文六ちゃんの姿や形はそのままでいて、心は狐になってしまうことだろうか。そうすると、いまもう、文六ちゃんは狐につかれているかもしれないわけだ。文六ちゃんは黙っているからわからないが、心の中はもう狐になってしまっているかもしれないわけだ。

同じ月夜で、同じ野中の道では、誰でも同じようなことを考えるものです。そこでみんなの足は自然にはやくなりました。低い桃の木に囲まれた池のそばへ道が来たときでした。子供たちの中で誰かが、「コン」と小さい咳をしました。ひっそりして歩いているときなので、みんなは、その小さい音でさえ、聞き落とすわけにはいきませんでした。

そこで子供たちは、今の咳は誰がしたのか、こっそり調べました。すると――文六ちゃんがしたということがわかりました。文六ちゃんがコンと咳をした!それなら、この咳には特別な意味があるのではないかと子供たちは考えました。よく考えてみるとそれは咳ではなかったようでした。狐の鳴声のようでした。「コン」とまた文六ちゃんが言いました。文六ちゃんは狐になってしまったと子供たちは思いました。私たちの中には狐が一匹入っていると、みんなは恐ろしく思いました。


樽屋の文六ちゃんの家は、みんなの家とは少し離れたところにありました。広い蜜柑畑になっている屋敷に囲まれ、一軒だけ、谷地にぽつんと立っていました。子供たちはいつも、水車のところから少し回り道をして、文六ちゃんをその家の門口まで送っていました。なぜなら、文六ちゃんは樽屋の清六さんの一人きりの大事な坊ちゃんで、甘えん坊だからです。文六ちゃんのお母さんが、よく蜜柑やお菓子をみんなにくれるので、文六ちゃんと遊んでやってくれと頼みに来るからです。今晩も、お祭に行くときには、その門口まで文六ちゃんを迎えに行ってあげたのでした。

さてみんなは、とうとう水車のところに来ました。水車の横から細い道が分かれて草の中を下へ降りてゆきます。それが文六ちゃんの家にゆく道です。

ところが、今夜は誰も文六ちゃんのことを忘れてしまったかのように、送ってゆこうとする者がありません。忘れたどころではありません、文六ちゃんが怖いのです。

甘えん坊の文六ちゃんは、それでも、いつも親切な義則君だけは、こちらへ来てくれるだろうと思って、後ろを振り返り、水車の影に隠れていきました。

とうとう、誰も文六ちゃんと一緒に行きませんでした。

さて文六ちゃんは、ひとりで、月に明るい谷地へ降りてゆく細道を下り始めました。どこかで蛙がくくみ声で鳴いていました。

文六ちゃんは、ここから自分の家まではもうじきだから、誰も送ってくれなくても困ることはありません。だが、いつもは送ってくれたのです。今夜に限って送ってくれないのです。

文六ちゃんは、ぼんやりしているようでも、すでにちゃんと知っているのです。みんなが、自分の下駄のことで何と言い交わしたか、また、自分が咳をしたためにどういうことになったかを。

祭に行くまでは、あんなに自分に親切にしてくれたみんなが、自分が夜に新しい下駄を履いて狐に取りつかれたかもしれないために、もう誰一人返り見てくれない。それが文六ちゃんには情けないのでした。

義則君なんか文六ちゃんより四年級も上だけれど親切な子で、いつもなら、文六ちゃんが寒そうにしていると、洋服の上に着ている羽織を脱いで貸してくれたものでした(田舎の少年は寒い時、洋服の上に羽織を着ています)。それなのに、今夜は文六ちゃんがいくら咳をしていても羽織を貸してくれませんでした。

文六ちゃんの屋敷の外囲いになっている槙の生垣のところに来ました。背戸口の方の小さい木戸を開けて中に入るとき、文六ちゃんは自分の小さい影法師を見て、ふと、ある心配を感じました。

――ひょっとすると、自分は本当に狐につかれているかもしれない、ということでした。そうすると、お父さんやお母さんは自分をどうするだろうということでした。

お父さんが樽屋さんの組合へ行って、今晩はまだ帰らないので、文六ちゃんとお母さんは先に寝ることになりました。文六ちゃんは初等科三年生なのにまだお母さんと一緒に寝るのです。ひとり子ですからしかたないのです。

「さあ、お祭の話を、母ちゃんに聞かせておくれ」とお母さんは、文六ちゃんの寝巻きの襟を合わせてやりながら言いました。

文六ちゃんは、学校から帰れば学校のことを、町に行けば町のことを、映画を見てくれば映画のことをお母さんに聞かれるのです。文六ちゃんは話が下手ですから、ちぎれちぎれに話をします。それでもお母さんは、とても面白がって、喜んで文六ちゃんの話を聞いてくれるのでした。

「神子さんね、あれよく見たら、お多福湯のトネ子だったよ」と文六ちゃんは話しました。

お母さんは、「そうかい」と言って、面白そうに笑って、「それから、もう誰が出たかわからなかったかい」と聞きました。

文六ちゃんは思い出そうと、目を大きく見開いてじっとしていましたが、やがて祭の話をやめて、こんなことを言い出しました。

「母ちゃん、夜に新しい下駄を履くと、狐につかれるの?」

お母さんは、文六ちゃんが何を言い出したのかと思い、しばらくあっけにとられて文六ちゃんの顔を見つめていましたが、今晩、文六ちゃんの身の上におおよそどんなことが起こったか、見当がつきました。

「誰がそんなことを言ったの?」

文六ちゃんはむきになって、自分の先の問いを繰り返しました。

「ほんとう?」

「嘘だよ、そんなこと。昔の人がそんなことを言っただけだよ。」

「嘘だね?」

「嘘だとも。」

「きっとだね。」

「きっと。」

しばらく文六ちゃんは黙っていました。黙っている間に、大きい眼玉が二度ぐるりぐるりと回りました。それから言いました。

「もし、ほんとうだったらどうする?」

「どうするって、何を?」とお母さんが聞き返しました。

「もし、僕がほんとうに狐になっちゃったらどうする?」

お母さんは、心からおかしいように笑い始めました。

「ね、ね、ね」と文六ちゃんは、ちょっと照れくさいような顔をして、お母さんの胸を両手でぐんぐん押しました。

「そうだね」と、お母さんはちょっと考えてから言いました。「そしたら、もう家に置いておくわけにはいかないね。」

文六ちゃんはそれを聞くと、寂しげな顔をしました。

「そしたら、どこへ行くの?」

「鴉根山から鴉根の方に行けば、今でも狐がいるそうだから、そっちへ行くんだ。」

「母ちゃんと父ちゃんはどうする?」

するとお母さんは、大人が子供をからかうときにするように、たいへんまじめな顔で、しかつべらしく言いました。

「父ちゃんと母ちゃんは相談をしてね、かわいい文六が狐になってしまったから、私たちもこの世に何の楽しみもなくなってしまったので、人間をやめて狐になることに決めますよ。」

「父ちゃんも母ちゃんも狐になる?」

「そう、二人で、明日の晩に下駄屋さんから新しい下駄を買ってきて、一緒に狐になるんだ。そうして、文六ちゃんの狐を連れて鴉根の方へ行きましょう。」

文六ちゃんは大きい目を輝かせて言いました。

「鴉根って、西の方?」

「成岩の南西の方の山だよ。」

「深い山?」

「松の木が生えているところだよ。」

「猟師はいない?」

「猟師って、鉄砲を撃つ人のことかい?山の中だからいるかもしれないね。」

「猟師が撃ちに来たら、母ちゃんどうしよう?」

「深い洞穴の中に入って三人で小さくなっていれば見つからないよ。」

「でも、雪が降ると餌がなくなるでしょう。餌を拾いに出たとき、猟師の犬に見つかったらどうしよう。」

「そしたら、一生懸命走って逃げましょう。」

「でも、父ちゃんや母ちゃんは速いでいいけど、僕は子供の狐だもん、遅れてしまうもん。」

「父ちゃんと母ちゃんが両方から手を引っ張ってあげるよ。」

「そんなことをしているうちに、犬がすぐ後ろに来たら?」

お母さんはちょっと黙っていました。それから、ゆっくり言いました。もう心からまじめな声でした。

「そしたら、母ちゃんは、びっこをひいてゆっくり行きましょう。」

「どうして?」

「犬は母ちゃんに噛みつくでしょう。そのうちに猟師が来て、母ちゃんを縛っていくでしょう。その間に、坊やとお父ちゃんは逃げてしまうのだよ。」

文六ちゃんはびっくりしてお母さんの顔をまじまじと見ました。

「いやだよ、母ちゃん、そんなこと。そいじゃ、母ちゃんがいなくなってしまうじゃないか。」

「でも、そうするより仕方がないよ。母ちゃんはびっこを引き引きゆっくり行くよ。」

「いやだったら、母ちゃん。母ちゃんがなくなるじゃないか。」

「でも、そうするより仕方がないよ。母ちゃんは、びっこを引き引きゆっくり……」

「いやだったら、いやだったら、いやだったら!」

文六ちゃんはわめきたてながら、お母さんの胸にしがみつきました。涙がどっと流れて来ました。

お母さんも、寝巻きの袖でこっそり目のふちを拭きました。そして文六ちゃんが跳ね飛ばした小さい枕を拾って、頭の下に当てがってやりました。